細川亜衣エッセイ | 連空間デザイン研究所

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0 0 1 私 の 台 所 遍 歴

 今まで、一体いくつの台所を見てきただろう。
 母の台所は細長くて、片足を軸にくるりと回れば水仕事から盛りつけまでたいていのことはできる。料理には疎かった今は亡き祖母の台所は、食堂から随分と離れていたことを思い出す。祖父の好物のお刺身と湯豆腐は、いつも台車にのせられて巨人戦を見る祖父のもとに運ばれていた。
 シチリアで料理の手ほどきをしてくれたアンナの台所は、いつだって美味しいものが生まれる気配に満ちていた。壁にはイタリア各地のリストランテが名物料理を食べてくれた客に贈る絵皿が所狭しと掛けられ、翠色のペンキで塗られた巨大な箱形の家具には使い込まれた鍋やフライパン、ざる、手動の自動泡立て器、お菓子の型、いつも料理が盛られていた赤いガラスの皿一式、食べることに関わる道具や器なら何でも、ただし彼女なりの法則性をもって詰め込まれていた。トスカーナのカルロの台所は、年代物の美しく重厚な食卓や椅子が並ぶ豪華で広々とした食堂とはうってかわって、穴蔵のような小ささであったが、白地に青い絵付けをした手焼きの年代物のタイルが貼られ、家族だけのための小さな食卓のまわりには自家製の自慢のオイルやワイン、瓶に移し替えられた豆やパスタの類いが並び、足を踏み入れるだけで気持ちが和んだものだ。
 イタリアでは、家庭の台所だけではない、食堂や農家民宿、リストランテの厨房もあちこちで垣間見た。研修と称してさまざまな店の厨房に身を置き、料理人として戦力になるというよりは、ただその店の裏側(ある意味では表舞台だ)で繰り広げられる毎日のドラマを眺める傍観者として私は存在していた。ステンレスの無骨な調理台や日本の小さなアパート一戸分はありそうな巨大な冷蔵庫がある大きな厨房にも、家の台所の延長のような小さくて古めかしい厨房にも、料理人や皿洗いやオーナーやその家族といった、そこを行き交う人たちの生き様や魂が渦巻いていて時に私はいたたまれない気持ちになった。
 そして、忘れることのできないマラケシュや雲南の田舎町の台所。かたやベッドが置いてある脇の地べたに座ってひよこ豆の薄皮を一粒一粒むき、かたや表の通りとは簡素な壁一枚で隔てられているだけの土間で、大きな炎を上げて茴香の葉の炒め物やミントと豆腐のスープといったかくも繊細な味が生み出されていた。
 台所とは、そこで作られる料理の出来不出来にかかわらず、そこを行き交う人間の日常がもっとも色濃く染み付いている場所にちがいない。
 さて、私自身の台所はといえば、ただいま改装の真っ最中。インドの石、フランスの古いテラコッタ、メキシコの手焼きのタイル、日本の吹きガラスや鉄格子、ドイツの蛇口、イギリスの金物。イタリアや中国や韓国の器も、また引っ越し前の食器棚に戻る日を今か今かと待ちわびている。気がつけば世界中のあれやこれやが入り乱れることとなったのは、ただひたすら好きなものを求めたからに過ぎないが、私のこれまでの台所遍歴が一役買っているのかもしれない。
 かくして、この台所は一体どんな運命を辿るのか。それは主の私でも、まだ知る由もない。

細川亜衣

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